序章 様変わりしているインプラント治療

インプラントで一生泣かされる!?

 インプラント治療が始まって40年が経ち、今や〝インプラント〟という言葉を知らない人がいないくらい世の中に浸透し、普及しています。
 この40年間に治療法も大きく進歩を遂げています。インプラントの形や素材、システム等の改善も目覚ましく、治療が始まった当初とは様変わりしているといっていいでしょう。噛むという機能性はもとより、美しい口元でありたいという患者さまの要望に沿う形で審美性も向上し、以前とは比べものにならないものとなっています。
 それまでは不可能だったことが今は当たり前のように行われていることもたくさんあります。治療法がほぼ確立されている一般歯科と比べて、インプラントはまだまだ伸び盛りの分野だといえます。治療の限界点はこれからもどんどん伸びていくでしょう。それだけに我々医師も日々研鑽を重ねなければならず、少しでも勉強を怠れば、すぐに最前線から滑り落ちてしまいます。
 インプラントは我々医師としても非常にやりがいがあり、また患者さまにとっては希望にあふれた治療であると思います。
しかし、一方では「こんなはずではなかった」とか、「元の歯とは似ても似つかない歯を入れられて泣くに泣けない」「高い治療費を払ったにもかかわらずインプラントが数年で抜けてしまった」という声もあるのです。
 インプラント治療を受けて満足するどころか、しなければよかったと後悔したり、鏡で自分の顔を見るのも嫌になったり、笑うことさえできなくなった患者さまもいらっしゃるのです。
 インプラントは噛むという大事な機能を担っています。しかし、インプラントがグラグラしたり、すぐに抜けてしまっては意味がありません。
 よいことずくめのインプラント治療においてなぜ、そんなことが起きてしまうのでしょうか。

インプラント治療のほんとうの難しさ

 一般歯科が歯茎から上の部分、つまり歯冠部分の治療が中心であるのに対して(歯根の中の神経を取り除く治療もありますが)、インプラントの場合は歯が生えているあごの骨そのものが治療の対象であるということが一つにはあります。同じ歯科ではありながら、この点で一般歯科治療とは大きく異なっているのです。
 インプラントで必要になるこのあごの骨の治療は〝口腔外科〟という医療分野が受け持っています。つまり、インプラントを手がける医師がこの分野に精通した技術と経験を持っていて初めて安全で長持ちするインプラント治療が可能になるといえます。
 インプラント治療は歯科という大きなくくりの中で行われていますが、一般歯科とはまったく異なったアプローチが必要な分野であり、口腔外科に精通していることがのぞまれます。もちろん、噛み合わせの理論や審美的な面、施術後の口腔内の衛生管理などは一般歯科と変わりませんが、土台となるあごの骨に新たに骨を形成してそこに人工の歯根を埋め込むということに関しては口腔外科のスキルが重要なのです。
 お口の中の治療を建築に例えるならば、一般歯科治療がリフォーム工事だとすれば、インプラントは更地に柱を建てるようなものと考えていただければわかりやすいと思います。

高層ビルを建てるようなもの

 インプラントという言葉を知らない人はほとんどいないと前述しましたが、その治療内容についてはまだまだ十分理解されているとはいいがたいのが現状です。
 インプラント治療は、単に歯茎にネジを打ち込めばよいのではないかと思われる方がいらっしゃっても不思議ではありません。実際に医師からその程度の説明しか受けていらっしゃらない方も少なくないはずです。
 確かに治療原理はネジ(インプラント体)を埋め込んでその上に人工の歯を装着するというものです。しかし、実際には個々の患者さまのお口の中の状態やあごの骨の状態や形状等に合わせて、配慮しなければいけないことがたくさんあります。
 インプラント体を埋め込む場合にはそれ相応の土台となるあごの骨の厚さや高さが必要なのです。もし、そうした土台の骨に十分な厚みがなかったり、高さがないのにも関わらず、そのままインプラント体をネジ込んでしまえば、いずれ倒壊の憂き目に遭います。
 昨今の社会をにぎわす耐震偽造事件ではありませんが、しっかりと設計し、土台づくりをしてインプラントを埋めないと、きちんと噛めなかったり、数年後にはぐらついてきたり、最後には抜けてしまったりという事態に陥るのです。
 ビルを建てる際にはしっかりとした事前の地盤調査、そして耐震設計などが必要なことはいうまでもありません。なぜならそれを怠ると、ビルの安全性が保証できなくなってしまうからです。
 ですから、地震などにも強いビルを建てるには、建物そのもの設計はもちろんですが、地盤調査から始めて地盤づくり、基礎固めが重要なのです。
 インプラントも同様です。最初にきちんとした土台づくりをしていない治療では安心して噛むことができないばかりが、ぐらついてきたり、最後には倒壊してしまうのです。
 この土台づくりの部分に必要となるのが口腔外科の専門的な知識やスキルなのです。
 費用も身体的な負担もかかった上に、結果的にきちんと噛めなかったり、口元のシワが増えたり、前歯の場合には異常に大きな人工歯を入れられてとても見苦しい口元になってしまったのでは泣くに泣けません。
インプラントによってどうして長い人工歯が入ってしまうのかについては後述しますが、実際にこうした治療例は少なくありません。
 実際に、私が東京医科大学病院口腔外科インプラント外来に主任として在籍中には、他院でのトラブル症例のリカバリーも多数行ってきました。
 そこからわかったことは、解剖学的に複雑な上あご・下あごに対して不用意にインプラントを行われることが少数ながらあるということです(日本口腔インプラント学会にて『他院でのインプラント予後不良症例の臨床統計的検討』として発表しています)。

超高齢化社会を支える救世主

 日本は未曾有の高齢社会に突入し、部分入れ歯や総入れ歯といった、失った歯を補填する治療のウエイトはますます重くなっていくでしょう。
 インプラントはそうした治療法の中でも高い期待が寄せられています。インプラントはこれから日本が突き進む超高齢化社会を健康面から支える救世主であることは間違いありません。
 とはいえ、日本でのインプラントの普及率はまだまだ低く、ブリッジや部分入れ歯、総入れ歯をされる方が大半です。
 一方、アメリカやヨーロッパでは第一選択がインプラントです。それだけ、欧米ではインプラントの大きなメリットをはじめとして、治療後の生活の質も高くなるということが浸透しているからだと思います。その点では日本はまだまだこれからだといえます。
 中高年の方だけでなく、若い方も歯の大切を知って、できれば、一生、入れ歯やインプラントのお世話にならないで過ごして頂きたいというのが私の願いです。しかし、万が一の時のために、インプラントのことを正しく知っておいても損ではありません。

しっかり噛んで

 ネジを埋めるだけなら、極端なことをいえば、少し訓練を積めば歯科医でなくても一般の方にもできるでしょう。しかし、それだけでは満足のいくものにはならないのです。
 インプラント治療の原理は単純明快ですが、じつに奥が深い治療法だといえます。
 また、インプラント治療が始まったばかりの頃は、「口の中にネジを打ち込んで大丈夫なのか」と心配される方も多く、抵抗感をお持ちの方も多かったのですが、今では安全性についてはすでに折り紙付きです。
 実際のインプラント治療最前線では〝より噛み心地がよく、より美しいインプラント治療を〟という段階まで来ているのです。いかに美しく、違和感なく見えるかといった審美的な面も追求されているのです。
 さまざまな医療分野でアンチエイジング治療が注目されていますが、インプラント治療がまさにそうだといえます。
 初診時には表情も暗く、笑顔などもなかった患者さまが、インプラントをされて健康面はもちろん、精神的にも明るく活溌になり、若々しくなっていくのを間近に見ていて実感します。インプラントはアンチエイジングの点でも大きく貢献するといっていいでしょう。
 インプラントで食事もおいしく、健康で元気になって人生をより積極的に過ごしていただくためにも、インプラント治療の内容をよく理解し、笑顔で終われるインプラント治療を受けていただきたいと思います。


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